詩歌 verse

人間(じんかん)月影清し。掛軸作品です写真は中心ぶだけが写っています。天上には秋が近づき、人の世の月影は清い。   杜甫(字は子美)の、ずばり「月」というタイトルの詩。白抜きの技法で描いた漢詩に墨で和歌を重ね書きしています。法然上人の歌「月影の至らぬ里は無けれども 眺むる人の心にぞすむ」(月の光が届かない里はないのですが、月を眺める人の心にこそ月は澄んで存在するのです。)
水影若浮天  澄江(ちょうこう)は皓月(こうげつ)を涵(ひた)し、水影天に浮かぶがごとし。澄んだ川は白い月をひたし、みなもの月影は天に浮いているようです。梁の元帝の詩より。白抜きの技法で書き、ぼかし染めで月を描きました。グラデーションがある左上の月は天上の月、下の月は水面に浮かぶ月を表しています。2020年より掛軸デザインも手掛けることにしました。今までは表具屋さんに一任していました。(自分の好みではデザインや色遣いが偏りがちになるからです。)が、布地やデザインに対応してくださる職人さんに出会えたおかげで、自由になりました。
山光忽西落 池月漸東上 散髪乗夕涼 開軒臥閑敝  山光は忽(たちま)ち西に落ち、池(ち)月(げつ)は漸(ようや)く東に上る。髪を散じて夕涼に乗じ、軒を開いて閑敝(かんしゃう)に臥す。山の光はたちまち西に沈み、池に映る月はようやく東に上りました。髪を解いて夕べの涼しさを受け、窓を開けてのんびり寝転がりましょう。孟浩然「夏日南亭にて辛大を懐ふ」。昔の男性は中国でも日本でも、長い髪を簪で留めていました。冷銀箋に書き、月のぼかし染めを施しています。額から浮かせた台に薄紫の阿波紙を巻き、中心をずらせて作品を貼っています。マットには京都北山で亜いじめをなさっている大山様から分けていただいた布を使っています
李清照、15歳の処女作。「如夢令」嘗て記す渓亭の日暮  沈酔して帰路を知らず興尽きて晩く舟を回らす  誤りて入る藕花の深き處いかでか渡らん  いかでか渡らん驚き起つ、一灘の鷗鷺。渓亭の日暮のことを覚えています。酩酊して帰り道が分からなくなりました。興尽き、遊び疲れて遅くなって舟を巡らせると、誤って蓮の花の茂っているところに入ってしまいました。どうしたら渡れるでしょう。浅瀬の水鳥たちが驚いています。15歳の少女が沈酔したとは思えませんから、大人たちの様子を詞(宋詞)にしたのでしょう。波乱の人生の中で、のどかな時期の作品。
枕上に詩書、閑に處して好く、門前の風景雨来りて佳し。終日人に向かひて蘊藉多き、木犀の花。枕上の詩書をのどかに読めました。門前の風景は雨が降ってより佳くなりました。一日中木犀の花が人に向かって咲いている様子の、なんとおだやかなことでしょう。この詞を詠んだ頃の清照は病床にあったようです。この静謐さは孤独感の裏返しと見えて悲しい。
薔薇風細一簾香薔薇は風細きも一簾香し(かんばし)わずかな風でも、簾に届く香りが感じられる詩。宋の李清照の宋詞より。
2019年10月の天満橋14th moonで開催された「幸福を呼ぶ蝙蝠」展に出品した作品です。蝙蝠を詠んだ詩歌を集めました。かはほりの飛び交ふ軒は暮れ初めて なほ暮れやらぬ夕顔の花  加藤千蔭日暮るれば軒に飛び交ふかはほりの扇の風もすずしかりけり  藤原家良黒洞深蔵避網羅遠害全身誠得計マットには新素材、ブルーのピーチスキン。
白華如散雪  朱實似懸金白華は散雪の如く、朱実は懸金に似たり。隋の李孝貞(字は元操)の「園中雑詠橘樹」より。マットには結城紬を使いました。二重アクリルで扇面を挟み、作品を浮かせて立体感を演出しています。
うたたねの歌を集めました。夢の内もうつろふ花に風吹きて しづ心なき春のうたたねふた声と鳴きつときかはほととぎす ころもかたしきうたたねはせんうたたねの朝けの袖に変はるなり 馴らす扇の秋の初風うたたねの夢や現に通ふらむ 覚めても同じ時雨をぞ聞く50年前の白大島紬をマットに使い、小原和紙さんの雲紙に書いた作品を二重アクリルで挟み、浮かせています。
「眺む」は古語では「物思いにふける」の意味。式子内親王の歌にはこの「ながむ」という言葉がよくつかわれています。待ち出でていかにながめむ忘るなと いひしばかりの有明の月ながむれば木の間うつろふ夕月夜 ややけしきだつ秋の空かなながむればわがこころさへ果てもなく 行方も知らぬ月の影かなそれながらむかしにもあらぬ月影に いとどながめをしづのをだまきマットに使った、竹の繊維を含んだ布が涼しげです。紙の色を背景に調和させ透かせています。
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