詩歌 verse

藤原顕輔(左京大夫顕輔)秋風でたなびく雲の絶え間から、漏れ出てくる月影のなんと澄みきっていることでしょう。顕輔は崇徳上皇から勅命を受け、『詞華集』を撰進。平安後期の歌の先生です。
藤原基俊夏の夜の月を待つ間の手慰みに、岩から漏れ出る清水を何度掬ったことでしょう。日暮れの遅い夏に、月を待つ昔の人はさぞ暑い思いをしたことでしょう。清水の冷たさを感じる涼しい歌です。
後撰集 詠み人知らず大空に桜をすべて覆うほどの袖があればいいのに。春に咲く桜を風に任せて散らせたくはないものです。『源氏』光の孫、匂宮が「樹の巡りに帳を立てて…」とかわいらしい発案をすると、光は「おほふばかりの袖求めけんよりは、いとかしこう思しよりたまへかし」(大きな袖を求めた昔の人よりも良いことを思いつきましたね)と褒めます。平安時代から愛誦されたことがわかる一節です。しかしまぁ、ずいぶん素直な詠み振り。本当に孫の語りのようです。
古今集 源 宗千(むねゆき)常盤木(ときわぎ)の松ですが、春の訪れとともに、一段と緑を鮮やかにします。不変、長寿の象徴、松は、冬の景色を詠んだ歌が多いのですが、この歌は新春のとてもおめでたい風情があります。源宗千は百人一首「山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれんと思へば」が有名。紀貫之や伊勢との贈答歌が残ります。
伊勢の御大空に群れ飛ぶ鶴が、さながら貴方の長寿を祝う心があるかのように見えます。女流歌人で、勅撰集に最も多くの歌が入集する伊勢の御。五条内侍のかみの長寿を祝って詠んだ歌。情熱的な相聞歌(恋の歌)で知られる伊勢ですが、雑歌(ぞうか)も素晴らしいですね。
西行私と同じように月を見ている人がいるなら、せめて哀れと思ってほしい。月にあの人の面影を、いつまでもとどめている私の心を。特定の誰かを詠みながら、多くの鑑賞者に詠みかける歌。孤独の中で生きる西行の歌は、多くの人の共感を得ます。
光孝天皇御詠こうして、ともかくも生きながらえて、貴方の八千代の長寿に逢う方法があってほしいものです。古今集の代表歌人、六歌仙の一人、僧正遍照七十歳の祝賀に帝自ら詠まれました。賀歌は形式的になりやすいですが、この歌には帝の実感が感じられます。
美福門院加賀三笠山を歩き始めた月の光(我が子の比喩)に、今や私の心の心配事はすっかりなくなりました。藤原定家卿の母堂、美福門院加賀が、我が子が少将に昇進した月の明るい晩に詠んだと伝わります。母上を安心させる親孝行な定家。
紀 貫之毎年春になると、真っ先に咲く梅の花は、貴方の千代の長寿を祝う花簪にふさわしいことでしょう。本康親王七十歳を祝う、貫之の歌。「かざし」は髪や冠に、花や造花を挿す、祝宴でのアクセサリーのことです。貝の内側を特別に調合した桜色で塗り、金彩で書きました。
新勅撰集 題知らず 詠み人知らず嬉しさを昔は袖に包んだものです。今宵の嬉しさは袖に包みきれません。身にも余ってあふれ出すばかりです。歌人は何に感謝しているのでしょう。ほほえましくなります。祝いの席ではもちろん、日々の生活の中でも思い浮かべたい一首です。特別に調合した桜色の地に、金彩で書きました。
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