詩歌 verse

露は今夜従(よ)り白く、月は是(こ)れ故郷に明らかならん。露は今夜から白く結び、月は故郷を明るく照らすことでしょう。杜甫(字は子美)48歳の時の作。杜甫には4人の異母弟がいましたが戦乱で離ればなれに。家族思いの杜甫はさぞ心配したでしょう。白露は二十四節気の一つ。現在の九月八日ごろ。中秋の名月を見上げながら吟じたのでしょうか。背景に月をぼかし染めで浮かべ、草書体の周りを白抜きにして文字を浮かび上がらせました。むらのある藍染の布をマットに使いました。
秋千と花影、并(あは)せて月明かりの中にブランコと花影が、どちらも月明かりの中にあります。金の元好問「辛亥寒食」詩から。「寒食」は冬至後百五日の風の強い日、火を絶った生活をする日のことでした。「秋千」は「鞦韆」の代用でブランコの意味。幻想的な詩に合わせて、白抜きの技法で浮遊感を演出しました。マットには絹の玉糸で織ったリンシャンという布を使っています。
水光山色と親しみ、説き盡さず、無窮に好し。澄んだ水の輝きと麗しい山の色は、人に親しみを感じさせます。言い尽くせません、限りない素晴らしさは。宋の詩を唐詩と区別して「詞」と表記します。女流詞人、李清照の「王孫を憶ふ」「雙調」は形式名。書画骨董を好んだ清照ですが、戦乱の中で財産が散逸。夫との死別、流浪の晩年、不幸な再婚、と人生を知るとあまりに悲しい。ですが詞の中には、常に美さと、楽しい調べが感じられます。阿波紙を重ねても時空間を際立たせています。マットには60年以上前の渋い大島紬を使いました。
春花秋月冬冰雪(しゅんかしゅうげつとうひょうせつ)、陳言を聴かず、只天を聴く。春の花、秋の月、冬の氷と雪のように、天の声だけを聴きましょう。使い古された言葉ではなく。楊万里(字は廷秀)は宋の詩人の中でも最も俗語を多用したと伝わります。伝統的な表現を避けようという意図でしょうか。白抜きの技法で、文字だけではなく、月や花弁模様も表現しています。散らした銀は雪のイメージ。紙を青墨でグラデーションをつけて染め、浮遊感と立体感を演出しました。
西行月を眺めても慰められるわけではないのですが、それでも月を眺めて明かすこの頃です。何でもないのに、つい眺めてしまう月です。月の面に誰かの面影を見る、という解釈も良し、です。
古今集 詠み人知らず吹く風に注文をつけるならば、この樹一本だけは避けておくれと言おうものなのに。「避(よ)く」という珍しい言葉が使われています。「吹く風」というフレーズは貫之が得意とするところですが、この歌人はどんな人だったのでしょう。
西行ともすれば月の住む澄んだ空に憧れます。心の行き着く果てを知るすべがあればいいのですが。「すむ」は「住む、澄む」の掛詞。「あくがる」は「彷徨い出る」という意味もあります。旅の中で生きた西行の世俗を断つ決意も感じさせる歌です。
紫式部久しぶりに逢えた方と、月が出たかどうかわからないうちにお別れすることになってしまいました。まるで雲隠れする夜半の月のように。百人一首でもおなじみの歌。友人との再会を詠んだ歌ですが、恋の歌にもみえますね。
藤原顕輔(左京大夫顕輔)秋風でたなびく雲の絶え間から、漏れ出てくる月影のなんと澄みきっていることでしょう。顕輔は崇徳上皇から勅命を受け、『詞華集』を撰進。平安後期の歌の先生です。
藤原基俊夏の夜の月を待つ間の手慰みに、岩から漏れ出る清水を何度掬ったことでしょう。日暮れの遅い夏に、月を待つ昔の人はさぞ暑い思いをしたことでしょう。清水の冷たさを感じる涼しい歌です。
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