詩歌 verse

光孝天皇御詠こうして、ともかくも生きながらえて、貴方の八千代の長寿に逢う方法があってほしいものです。古今集の代表歌人、六歌仙の一人、僧正遍照七十歳の祝賀に帝自ら詠まれました。賀歌は形式的になりやすいですが、この歌には帝の実感が感じられます。
美福門院加賀三笠山を歩き始めた月の光(我が子の比喩)に、今や私の心の心配事はすっかりなくなりました。藤原定家卿の母堂、美福門院加賀が、我が子が少将に昇進した月の明るい晩に詠んだと伝わります。母上を安心させる親孝行な定家。
紀 貫之毎年春になると、真っ先に咲く梅の花は、貴方の千代の長寿を祝う花簪にふさわしいことでしょう。本康親王七十歳を祝う、貫之の歌。「かざし」は髪や冠に、花や造花を挿す、祝宴でのアクセサリーのことです。貝の内側を特別に調合した桜色で塗り、金彩で書きました。
新勅撰集 題知らず 詠み人知らず嬉しさを昔は袖に包んだものです。今宵の嬉しさは袖に包みきれません。身にも余ってあふれ出すばかりです。歌人は何に感謝しているのでしょう。ほほえましくなります。祝いの席ではもちろん、日々の生活の中でも思い浮かべたい一首です。特別に調合した桜色の地に、金彩で書きました。
高島縮を額のマットに張り、二重アクリルの間に美しい麻布紙を挟んでいます。うたたねを詠んだ歌を四通りの散らし書きで書いています。
李白の「春夜桃李園に宴するの序」の一節。2017年の個展のテーマです。個展後、白抜きの技法が評判だったので、改めて作品にし、額装しました。青墨で濃淡をつけて染めたせいか、妖艶な雰囲気が出たようです。マット地は、写真だとやや茶がかって見えるようですが、灰色です。60年前の絶品、大島紬を使った、大変渋い額。
今人(こんじん)は見ず古時(こじ)の月。今月(こんげつ)は曾経(かつて)古人を照らせり。現代の人は昔の月を見てはいません。しかしこの月は、曾て昔の人を照らしたのでした。李白(字は太白)の「把酒問月」(酒を把りて月に問ふ)の一句。李太白も、見ぬ世の友と語らったのでしょう。60年前の大変珍しい、青灰色の亀甲柄大島紬をマットに使い、藍染めの紙を台紙に使った額装。
四筵(しえん)に芳醴(ほうれい)霑(うるほ)ふ。四方の宴席はかぐわしい香りで潤っています。「九日宋公の戯馬台の集に従ひ孔令を送る」詩の一句。九日は九月の重陽の節句。謝瞻(しゃせん)は東晋から南宋の官僚、文学者。字は宣遠。六歳で監視を作った神童でした。古梅園十四世(先代)の青墨「聖品」と紅花墨で書きました。マットに使った、鮮やかな紺の縞は、泥大島の逸品です。
爰(ここ)に居り、爰に處(す)み、爰に笑ひ、爰に語らふ。詩経 小雅(しょうが) 斯干(しかん)の一節。宮殿の新築落成記念に作られた詩。「ここに笑ひ、ここに語らふ」という詩句の和やかな響きが気に入っています。玉虫色の銀箔は硫黄でいぶしてあり、ほかの銀箔もやがてはこの色になっていくでしょう。経年変化もお楽しみください。
君が為に葉々は清風を起こす。友を門まで見送ると門前の竹までが別れを惜しむがごとく清風を起こしました。禅宗の巨人、虚堂禅師の「虚堂録 巻七」より。別れの詩ですが、風雅な友情を読んだ詩ととることもできますね。銀箔を散らした冷銀箋を青墨で染めました。マットには60年前の渋い大島紬。
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