詩歌 verse

李白の「春夜桃李園に宴するの序」の一節。2017年の個展のテーマです。個展後、白抜きの技法が評判だったので、改めて作品にし、額装しました。青墨で濃淡をつけて染めたせいか、妖艶な雰囲気が出たようです。マット地は、写真だとやや茶がかって見えるようですが、灰色です。60年前の絶品、大島紬を使った、大変渋い額。
今人(こんじん)は見ず古時(こじ)の月。今月(こんげつ)は曾経(かつて)古人を照らせり。現代の人は昔の月を見てはいません。しかしこの月は、曾て昔の人を照らしたのでした。李白(字は太白)の「把酒問月」(酒を把りて月に問ふ)の一句。李太白も、見ぬ世の友と語らったのでしょう。60年前の大変珍しい、青灰色の亀甲柄大島紬をマットに使い、藍染めの紙を台紙に使った額装。
四筵(しえん)に芳醴(ほうれい)霑(うるほ)ふ。四方の宴席はかぐわしい香りで潤っています。「九日宋公の戯馬台の集に従ひ孔令を送る」詩の一句。九日は九月の重陽の節句。謝瞻(しゃせん)は東晋から南宋の官僚、文学者。字は宣遠。六歳で監視を作った神童でした。古梅園十四世(先代)の青墨「聖品」と紅花墨で書きました。マットに使った、鮮やかな紺の縞は、泥大島の逸品です。
爰(ここ)に居り、爰に處(す)み、爰に笑ひ、爰に語らふ。詩経 小雅(しょうが) 斯干(しかん)の一節。宮殿の新築落成記念に作られた詩。「ここに笑ひ、ここに語らふ」という詩句の和やかな響きが気に入っています。玉虫色の銀箔は硫黄でいぶしてあり、ほかの銀箔もやがてはこの色になっていくでしょう。経年変化もお楽しみください。
君が為に葉々は清風を起こす。友を門まで見送ると門前の竹までが別れを惜しむがごとく清風を起こしました。禅宗の巨人、虚堂禅師の「虚堂録 巻七」より。別れの詩ですが、風雅な友情を読んだ詩ととることもできますね。銀箔を散らした冷銀箋を青墨で染めました。マットには60年前の渋い大島紬。
残夜に書を読み、人は未だ臥せず。萬山の明月一声の鐘。深夜に読書し、寝そびれてしまった。山々を明月が照らし、鐘の音が響き渡っています。清の許友 字は介寿 有介 「読書夜静聞鐘聲従白月来」詩の二句。青墨で書き、薄い青墨で染め上げました。
碧玉の甌中 翠濤起こる。碧玉の碗のなかには挽きたての茶の緑の波が立っています。碧(へき)は青みがかった緑色。碧玉(へきぎょく)はジャスパーという鉱物ですが、ここでは緑色の茶碗でしょう。銀箔が散る冷銀箋に、四角い銀箔を押しました。銀箔が玉虫色に輝くのは、硫黄でいぶしてあるためです。范仲淹 北宋の政治家、文人。字は希文。「章岷従事と闘茶するの歌」の一句。
相知る、遠近無し。万里尚鄰と為る。遠く隔たっていても、互いに変わることはありません。万里の隔たりがあるとしても隣にいるのと同じです。張 字は子寿 ユーカリ染めの楮紙に金箔、銀箔を押しました。マットには60年前の大島紬を張ってあります。
灰を漉き込んだ、豊田市の紙作家、加納様の作品にふさわしい歌を選びました。眺むるに慰むことはなけれども月を友にて明かす頃かなともすれば月すむ(澄む 住む)空にあくがるる 心の果てを知るよしもがなあはれとも見る人あらば思はなむ月の表に宿す心を元北面の武士であった西行は、出家後旅の中で歌作りました。月に誰の面影を見たのか。
桜の幹で紙を染めています。紙にふさわしい詩歌を選びました。桜色に衣は深く染めて着む 花の散りなむ後の形見に(桜色に衣を深く染めて着よう。桜が散った後の形見として)古今集 紀有朋 (「深く」は思いの深さの意と解釈しましょう)始めて識りぬ。春風の機上に巧みなることを。唯だ色を織るのみに非ず。芬芳をも織る。(初めて知りました。春風が機織りの名人であることを。春風はただ素晴らしい色を織りだすだけでなく、香しい香りまでも織り込んでいるのです。)源英明「花飛如錦」の一節。織ることは何れの糸よりぞ、唯だ暮(ゆうべ)の雨。裁つことは定まれる様なし。春の風に任せたり。(散った花弁は色とりどりの色で織った錦のよう
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